宮古島まもる君ラリー(宮古島旅行記その7)

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宮古島まもる君ラリー

 宮古島旅行もいよいよ最終日だ。身支度を整えて宿を出ると外は雨が降り出しそうな曇天だ。連日の晴天に恵まれてきたが、今日こそ雨の予報が的中しそうだ。昨日までに当初の目的だった宮古5島制覇を達成してしまった。そのため本日は新たな目標を設定する。

 宮古島の各所には警察官型の人形が設置されている。これは「宮古島まもる君」といい、宮古島の交通安全協会が啓蒙活動として設置したものである。1996年の初登場から徐々にその数を増やしていき、現在では宮古各地に19体が設置されている。それぞれが異なる名前を持っていて、全員が兄弟ということらしい。さらに2011年には妹の「宮古島まる子ちゃん」も誕生し、合計20人となった。彼らは台風に飛ばされ、車にぶつけられ、暴漢に襲われながらも日々、宮古の安全を守り続けている。そんな彼らは宮古島の人々から愛され、今では島のアイドルとなっている。お土産店ではまもる君グッズがコーナーを作るほどの人気ぶりだ。

 そして、最終日の目標は彼らに表敬訪問をしてまわる「まもる君ラリー」をすることにした。残念なことに兄弟の一人「宮古島つよし君」は、橋でつながっていない多良間島の勤務であるため今回は訪問することができない。彼以外の19人に、帰りの飛行機の時間までにできる限り会いに行く。東京行きの帰りの便は15:30発だ。

宮古ドライブ

 午前9:00出発。14:30頃には宮古島空港に到着していたいので、残された時間は5時間半しかない。悪天候と増えた荷物、疲弊したふくらはぎのためサイクリングを断念。実は、昨日の内にレンタカーを予約してあり、空港近くのレンタカー店へ車をピックアップしに行く。本日の移動手段は自動車だ。

 愛車の自転車からレンタルの軽自動車に乗り換え島ドライブ開始。まず二日目に訪れた池間島へ向かう。まもる君配置マップで確認すると、道中には2人が配置されていることになっている。10分ほど走ったところで「宮古島こうじ君」を発見した。西原入口という二股に分かれる道路の中央部分で勤務している。落ち着いた表情で通行する人々を見守っている。手早く記念撮影してから池間島へ向かう。池間島内にまもる君は配置されていないのだが、海美来の宮古そばをもう一度食べるため島まで行くことにした。15分ほどで到着し、2回目の宮古そばを味わう。相変わらず美味しい。
 初めて訪れたときは自転車で2時間かけてたどり着いた道のりが、自動車で移動するとあまりにもあっけなく到着してしまった。車では初回のあの達成感はなかったと思う。山登りと同じで、目的地には苦労して到着した方が感動は大きい。

宮古島こうじ君
宮古島すすむ君

 池間島に別れを告げて次へ向かう。ほどなく狩俣線勤務の「宮古島すすむ君」を発見する。遠い目が印象的な彼は、道路脇から池間島と宮古島を行き交う交通を見守っている。

 続いて伊良部島へ向かう。島内には伊良部大橋を渡った直後に一人、島の中央にもう一人勤務しているようだ。車で渡れば伊良部大橋もあっという間、20分ほどで伊良部島に到着した。島の入り口では「宮古島たかや君」が出迎えてくれる。強い目力で伊良部大橋からの不審者を警戒している。そこから15分ほどドライブして「宮古島じゅんき君」を発見。農道の真ん中に立ち、その表情は穏やかである。

 そのまま下地島へ向かい17エンドを再訪する。曇り空の下でも海は穏やかな美しさを保っている。先を急ぎ、伊良部島を後にする。

 伊良部大橋を渡り宮古島に戻ってきた。タイムリミットまであと2時間半。宮古島を南下していくが、どこまで行けるのか。まずは「宮古島いさお君」を発見。複雑な構造の交差点の中央で厳しい目を光らせている。過酷な環境での立番のせいか、その顔には塗装の剥がれが見える。そこから少し行くと「宮古島ひとし君」がいた。彼は交通安全だけでなく納税の重要性も訴えている。重点的に配置されているあたり、この周辺が交通事故の発生しやすいポイントなのだろうか。

宮古島について

 まもる君ラリーを中断し「亀浜おみやげ品店」に立ち寄る。実は昨日下見に寄った際に、店主と再訪を約束していた。ここは土産品だけでなく、オリジナルの乾物が置いてあるのが特徴だ。店主に聞くと、もともとは乾物屋であったが時代とともに現在の品揃えになっていったそうだ。また、一度は内地で働いていたこともあったが、その後に故郷である宮古島に戻り父親から店を継いだのだという。最近の急速な宮古島の開発について感想を聞いてみた。田舎らしさがなくなるのは寂しいと言っていたが、一方で達観しているようでもあった。

 店主曰く、沖縄の琉球文化はそもそも日本を含むアジア諸国の文化をちゃんぽん(まぜこぜ)にして出来上がったものだという。そして戦後にはアメリカの文化を受け入れた。さらに本土復帰後は本土の文化を吸収している。沖縄では時代とともにその風習や文化を変えているが、その「外から来たものを受け入れる」ことそれ自体が沖縄の文化であり風土に根付いた性質なのだろう。

 宮古島の人達と話していて心地が良いのも、多分それが理由なのだろう。多くの人々が初めて会ったときから自然体で接してくれる。まるで親戚のおじさんのような雰囲気でこちらを受け入れてくれる。接し方は上からでも下からでもなく、当たり前のように横にいるような距離感。宮古島の人たちは気がついていないと思うが、彼らの人間性こそが宮古島の最大の魅力なのかも知れない。

 ただし、「来るものを拒まない」一方で「去るものは追わない」ようでもある。内地から移住して来る人は少なくないが、島での生活の大変さに気がつくと数年で去っていくという。島の人たちはそんな移住者を拒むことはないが引き止めることもしないようだ。「外部のもの」としてはすんなりと受け入れてくれるが、同じ「宮古の人」になるためには強い覚悟と果てしない時間を要すると思われる。

亀浜おみやげ品店

主役の不在とラストスパート

 お土産を購入し、まもるくん表敬訪問へ戻る。次はいよいよ「宮古島まもる君」と妹の「宮古島まる子ちゃん」のいる宮古島警察署へ向かう。

 警察署の敷地に入り、玄関の二人の姿を探すが見当たらない。なんと「2月28日までお色直し中」とのこと。念のため署内へ入ると写真が貼られていて、まもる君グッズの販売もあった。さらに、二人には「特別住民票」が発行されていることもわかった。行政レベルでの手厚い保護だ。

 気を取り直して次へ向かう。初日に訪れた来間島の手前には「宮古島てつや君」がいる。その交差点は見通しが悪く、出会い頭の事故が起きそうな場所である。事故発生の状況に合わせて配置転換が行われているのだろう。だからこそ彼らは単に「置かれている」のではなく「勤務している」と言われるのだろう。

 空港に向かう時間が迫ってきているため先を急ぐ。移動して10分ほどで「宮古島かずき君」を発見。ここは下地小学校と下地中学校の目の前であり、間違いなく重点警備ポイントだ。彼の担う責任は大きい。

 残念ながらここでタイムアップとなる。レンタカーの返却に向かう途中で「宮古島りょうぞう君」を確認することができた。時間の都合により車内から撮影する。

 レンタカーを返却し送迎車で送ってもらう。空港に到着したのは14:35とほぼ予定通りだ。搭乗手続きを済ませ、空港ロビーの「宮古島いたる君」に出発前の挨拶をする。宮古島に到着したときにはなんとも感じなかったが、今では強い愛着を感じている。ありがとう、また来ます。

まもる君ラリー結果

  1. 宮古島まさお君
  2. 宮古島こうじ君
  3. 宮古島すすむ君
  4. 宮古島たかや君
  5. 宮古島じゅんき君
  6. 宮古島いさお君
  7. 宮古島ひとし君
  8. 宮古島まもる君(不在)
  9. 宮古島まる子ちゃん(不在)
  10. 宮古島てつや君
  11. 宮古島かずき君
  12. 宮古島りょうぞう君
  13. 宮古島いたる君

 結果的に13人を訪問することができた。残りの7名にはまた次の機会に訪問したい。

旅の総括

 帰りの飛行機は時刻通りに出発し宮古島を後にする。この3泊4日の旅行では考えさせられることも多く、ただのバカンスを超えて宮古島そのものの魅力に引き込まれた。それは、宮古島の風土と島の人々の豊かな人間性によるものなのだと思う。
 今回は島の概要を知ることができたので、次の機会には一つの場所に長く滞在してより深く島のことを理解したいと思う。